デジタルトランスフォーメーション（DX）は、企業の競争力を左右する経営課題として注目を集めています。2018年に経済産業省が発表した「DXレポート」では、既存システムの刷新が遅れた場合に最大年間12兆円の経済損失が生じる「2025年の崖」が指摘されました。

本記事では、2026年時点における国内・世界のDX市場規模と今後の拡大予測について、最新データをもとに解説します。

DXとは何か──単なるIT化との違いを理解する

DX市場の規模を正しく理解するためには、まずDXそのものの定義を押さえておく必要があります。DXは単なるIT導入とは異なり、企業活動全般の変革を意味する概念です。ここではDXの本質と、混同されやすい関連用語との違いを整理します。

DXの定義と本質的な意味

経済産業省は「DX推進ガイドライン」において、DXを次のように定義しています。

この定義から読み取れるのは、DXが単にITツールを導入して業務効率を上げることではないという点です。従来のビジネスを根本から見直し、新たな価値創出やビジネスモデルの革新を目指すところにDXの本質があります。

DXを成功させるためには、経営戦略と一体となった取り組みが欠かせません。経営トップのコミットメントのもと、全社的に推進されるべきものとされています。具体的には、デジタル技術によるビジネスモデルの変革、データ活用による意思決定の高度化、そして組織文化の変革という3つの要素が鍵となります。

デジタイゼーション・デジタライゼーションとDXの違い

DXと混同されやすい概念に「デジタイゼーション」と「デジタライゼーション」があります。これらは似た言葉ですが、範囲や目的が異なります。

デジタイゼーション（Digitization）は、アナログな情報をデジタルデータに変換することを指します。紙の書類をスキャンして電子化したり、手書きの記録をデータ化したりする作業がこれにあたります。あくまで情報の形式を変えるだけであり、業務プロセス自体は変わりません。

デジタライゼーション（Digitalization）は、デジタル技術を活用して業務プロセスそのものを変革・効率化することです。紙で行っていた申請手続きをオンライン化する、対面中心だった営業活動をデジタルマーケティングに転換するといった取り組みが該当します。

一方、DXはこれらを包含しつつ、さらに踏み込んでビジネスモデルや組織そのものを変革することを意味します。ITツールの導入はあくまで手段であり、テクノロジーを活用して企業の提供価値や競争戦略を再構築するところにDXの真髄があるのです。

DXの市場規模はどれくらいか

DXの重要性が広く認識されるなか、実際の市場規模はどの程度なのでしょうか。ここでは国内外の最新データを確認し、今後どこまで拡大するのか将来予測についても見ていきます。

日本国内のDX市場規模

日本企業のDX投資は年々増加しており、市場規模は急速に拡大しています。調査会社の富士キメラ総研によれば、2024年度の国内DX関連投資額は約5兆2,759億円に達する見込みです。さらに2030年度には約9兆2,666億円にまで拡大すると予測されています。

出典：富士キメラ総研『2025 デジタルトランスフォーメーション市場の将来展望（市場編）』
https://www.fcr.co.jp/pr/25043.htm

別の調査機関であるIDC Japanのデータでは、2023年の国内DX支出額は約6兆5,069億円で、前年から14.5%の成長を記録しました。2022年から2027年までの年平均成長率（CAGR）は11.7%と予測されており、2027年には9兆7,698億円規模に達する見通しです。

産業別に見ると、製造業がDX投資を強力に牽引しています。富士キメラ総研の予測では、2030年度のDX投資額のうち製造業が約2兆9,843億円を占め、市場全体の3割強に相当します。次いで交通・運輸・物流業が約1兆1,095億円、小売・外食業が9,644億円と続きます。

世界のDX市場規模

グローバルでは日本以上にDX投資が活発で、市場規模は桁違いの大きさです。調査会社IDCのレポートによれば、2023年の世界DX関連支出額は約2.3兆ドルに達し、前年から16.9%の成長を記録しました。

2022年から2026年のCAGRは16.7%と予測されており、2026年には世界全体でDX支出が3.4兆ドルに達する見通しです。1ドル140円で換算すると約476兆円という巨大な市場規模となります。さらに2030年には約4.4兆ドル規模に拡大するとの予測もあります。

地域別に見ると、特に成長が著しいのは中国を筆頭としたアジア太平洋地域です。米国が現時点でDX支出額では最大ですが、新興国を含むアジア地域の伸び率は世界平均を上回っています。業種別では製造業が最もDX支出額が大きく、スマートファクトリー化やIoT・データ活用の取り組みが各国で進んでいます。

今後の拡大予測

今後もDX市場は国内外で高成長が続くと予想されています。日本国内では、富士キメラ総研の予測によると2030年度に約9.3兆円規模となり、2020年度と比較して約6.5倍という急拡大が見込まれています。

成長を後押しする要因として、これまでDX未着手だった中堅・中小企業が本格的に投資を開始することが挙げられます。また、クラウドやAIといった技術のコスト低下も追い風となり、年率10%以上の成長が続く可能性が高いと考えられています。

世界全体でもDX市場の拡大トレンドは加速する見込みです。IDCは2028年にDX投資額が約4兆ドルに達し、企業のIT投資の大半がDX関連になると予測しています。成長ドライバーとしては、AI・IoT・クラウド・5Gの普及拡大が挙げられます。特にAIの業務適用はDXの中心要素となりつつあり、現時点でDX投資全体の17%をAI関連が占めているとのデータもあります。

出典：Data Center Platform「Infographic | DX Spending Forecast Transition」
https://datacenterplatform.com/insights/infographic-dx-spending-forecast-transition/

日本のDX市場拡大を後押しする要因

日本でDX市場が急速に拡大している背景には、いくつかの構造的な要因があります。ここでは企業のDX投資を促進し、市場成長につながっている主な要因を整理します。

生産性向上への強い要求

最も大きな要因は、深刻な人手不足を背景とした生産性向上ニーズの高まりです。日本は少子高齢化に伴い労働人口が減少局面にあり、多くの企業で限られた人員での業務遂行が喫緊の課題となっています。

こうした状況下でDXは生産性向上の切り札として期待されています。業務プロセスのIT化・自動化やAIの活用によって省力化・効率化を図る動きが活発化しており、データ活用による迅速な意思決定や社内コミュニケーションの円滑化にもDXは効果的です。

「人が足りないならデジタルで補う」という発想が広がり、結果としてDX市場の拡大に拍車がかかっています。

産業ごとのDX推進

製造業、金融業、物流業、小売業など幅広い業界でDXの浸透が進んでいることも、市場全体の拡大を後押ししています。

製造業ではスマートファクトリー化がキーワードとなっています。IoTによる設備データの可視化・分析や産業用ロボットの導入による自動化が急速に広まり、品質向上や稼働率改善を実現する動きが加速しています。

物流業界では「2024年問題」を契機に、倉庫管理や配送計画のデジタル化が進みました。荷量予測AIや自動仕分けシステムの導入など、逼迫する物流を支えるDX投資が活発化しています。小売・外食業でも注文・決済業務のデジタル化や在庫管理の自動化が広がっており、DXはもはや特定業種だけのトレンドではなくなっています。

働き方改革とデジタル技術の進歩

働き方改革の流れとデジタル技術の進歩も、DX市場拡大の重要な要因です。コロナ禍でのテレワーク普及を経て、従業員が場所や時間にとらわれず柔軟に働ける環境づくりが企業に求められるようになりました。

リモートワークを可能にするクラウドツールやオンライン会議システムの導入、社内情報へ安全にアクセスできるデジタルインフラの整備はDXの一環です。働き方改革とDXは相互に影響しあいながら進展しており、この潮流は今後も続くと予想されます。

また、クラウドサービスの普及やAI技術の進化により、以前と比べてDXへの取り組みやすさが格段に向上しました。技術コストの低減とソリューションの成熟が、多くの企業の導入を後押ししています。

DX推進における課題と対応策

DX市場が拡大する一方で、実際に推進する際にはさまざまな課題に直面します。ここでは代表的な課題と、その解決に向けた対応策について考察します。

深刻化するDX人材不足

最大の課題として挙げられるのが、DXを担う人材の不足です。データ分析やAI、クラウドなどDX推進に必要なスキルを持つ人材への需要が急拡大していますが、供給が追いついていません。

IPA（情報処理推進機構）の調査「DX動向2024」によれば、「DX人材が大幅に不足している」と回答した企業は2021年度で30.6%でしたが、2022年度には49.6%、2023年度には62.1%にまで達しました。わずか2年で深刻な人材不足を訴える企業が倍増しています。

出典：IPA「DX動向2024」
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/eid2eo0000002cs5-att/dx-trend-2024.pdf

また、総務省の調査では、日本企業がDXを進める上での課題として「人材不足」を挙げた割合が53.1%で最多となっています。この課題への対応策としては、DX人材の中途採用強化や、現有社員のリスキリング（学び直し）による育成が重要です。外部パートナーとの連携も有効な選択肢となります。

業界間・企業規模間の推進格差

DXの推進状況には業界間・企業規模間で大きな格差があります。製造業や金融業、物流業ではDX導入がかなり進んでいる一方、不動産・建設業や医療・介護分野では依然として遅れが目立ちます。

企業規模の面でも、資金力・人材面で余裕のある大企業に比べ、中小企業ではDX推進体制の整備が思うように進まないケースが多く見られます。IPAの調査では、従業員100人以下の企業の59.0%が「DXのための知識や情報が不足している」と回答しています。

この格差を埋めるためには、政府による支援や企業間連携が鍵となります。大企業が取引先の中小企業に対してデジタル化支援を行ったり、業界の先進企業がノウハウを共有するコミュニティを形成したりする動きも重要です。

政府によるDX推進の取り組み

日本全体でDXを底上げするため、政府もさまざまな施策を講じています。経済産業省は2018年の「DXレポート」以来、DX推進の重要性を訴えるとともに「DX推進ガイドライン」などの行動指針を策定してきました。

DX認定制度は、DXに積極的に取り組む企業を公的に認定・見える化する仕組みです。2020年に施行された情報処理促進法の改正に基づく制度で、認定企業は公的イメージの向上や金融機関からの評価向上といったメリットが期待できます。2025年5月時点で1,448社が認定を取得しています。

出典：DX推進ポータル「DX認定制度 認定事業者一覧」
https://disclosure.dx-portal.ipa.go.jp/

中小企業向けにはIT導入補助金をはじめとする各種補助金制度が整備され、DXツール導入を経済面で支援しています。2021年にはデジタル庁が発足し、行政サービスのデジタル化も推進されています。こうした公的支援の広がりによって、DXへの取り組みが促進されれば、国内市場規模のさらなる底上げが期待できます。

DX市場の今後の展望と企業が取るべきアクション

DX市場は国内外で拡大を続けており、DX推進は企業経営において避けて通れないテーマとなりました。最後に、今後の展望を踏まえて企業が取るべきアクションを整理します。

今後のDX市場では、AIやIoT、クラウドといった技術の成熟に伴い、実現できることの幅がさらに広がると予想されます。特に生成AIの業務活用が本格化しつつあり、顧客対応や文書作成、データ分析など幅広い領域で活用が進むでしょう。セキュリティ対策の重要性も一段と増すため、リスク管理の強化も欠かせません。

こうした環境変化のなかで、企業が押さえておくべきポイントは以下のとおりです。

• DXを経営戦略の柱として位置付け、経営トップがリーダーシップを発揮する
• DX推進専任の組織を設置し、デジタル人材の採用・育成を行う
• 特定部署での試行など小さな成功体験を積み重ねる
• データを経営判断に活用するデータドリブン経営へ移行する
• デジタルチャネルを強化し、顧客体験の向上を図る

DXは一度きりのプロジェクトではなく、継続的な取り組みが求められます。また、DXはゴールではなく手段であることを忘れてはなりません。新たな事業モデルの確立や顧客価値の最大化など、DXの先に実現したいビジョンを明確に描くことが重要です。

市場や技術の変化に追随し、自社も進化し続ける覚悟でDXを推進する企業こそが、今後の競争を勝ち抜いていくことでしょう。